マメな生活

ゲームや猫の雑多ブログ

春一番を捕まえに

春一番を捕まえに

 冬の名残がまだ森のあちこちに残っている頃だった。

 枝先には固い蕾がつき、雪解け水が小川をせかせかと走っていく。そんな季節になると、風の妖精たちはそわそわし始める。

「来るよ、来るよ。今年も来るよ!」

 ティルは私の肩の上で羽を震わせた。

 掌に乗るほどの小さな妖精だ。透き通った若葉色の羽を持ち、感情が高ぶると、羽の先から金色の粉がぱらぱらとこぼれる。

「そんなに慌てなくても、春は逃げないよ」

「春じゃないよ! 春一番だよ!」

 ティルはぴょんと飛び上がり、私の鼻先までやってきた。

「春一番を捕まえないと、村の屋根が飛んじゃうんだから!」

 確かに、春の訪れとともに現れる魔物《春一番》は厄介な存在だ。

 姿は見えず、通り過ぎるだけで納屋の戸を吹き飛ばし、干してある洗濯物を空高くさらっていく。だが、捕まえることができれば、一年分のあたたかな風を瓶に詰めて使えるとも言われていた。

 村の人々にとっては、迷惑であり、同時に大切な春の使者でもある。

「じゃあ、行こうか」

 私がそう言うと、ティルは胸の前で小さな拳を握った。

「今年こそ、絶対に捕まえる!」

 去年も同じことを言って、私の帽子だけが飛ばされて終わったのだけれど。

 そのことは、黙っておくことにした。

 春一番は、丘の上の一本杉に最初に現れる。

 私たちは朝早くに村を出て、花の匂いが混じり始めた草原を歩いた。

 ティルは風の気配を探るように、私の周りをくるくる飛ぶ。

「まだだね。眠ってるみたい」

「魔物にも寝起きがあるんだ」

「あるよ。だって風だって、ずっと吹いてたら疲れちゃうもん」

 妖精の理屈は時々よくわからない。でも、ティルがそう言うなら、きっとそうなのだろう。

 丘の上に着いた時だった。

 ざわり、と一本杉の枝が揺れた。

 次の瞬間、空気が一変した。

 ぬるんだ風が一気に駆け抜け、草原が波のようにうねる。

「来た!」

 ティルが叫ぶ。

 私も急いで背負っていたガラス瓶を取り出した。透明な瓶の口には、銀糸で編んだ網が張ってある。風を捕まえるための特別製だ。

 だが、春一番は予想以上に速かった。

 私の帽子を吹き飛ばし、上着をはためかせ、瓶を持つ腕をぐらぐら揺らす。

「うわっ!」

「踏ん張って!」

 ティルは風の中へ飛び込んだ。

 小さな体が吹き飛ばされそうになりながらも、まっすぐ前へ進んでいく。

「春一番! 暴れちゃだめ!」

 すると、不思議なことに風の勢いが少しだけ緩んだ。

 ティルは両手を広げ、まるで友達を迎えるように笑った。

「みんな、春を待ってるんだよ。花も、鳥も、人間も。だから、そんなに急がなくていいよ」

 風がくるりと渦を巻いた。

 草花の香りが、ふわりと漂う。

 その瞬間、私は瓶の口を風に向けた。

「今だ!」

 ひゅうっ、と音を立てて風が瓶の中へ吸い込まれていく。

 最後に一枚だけ、桜の花びらが舞い込み、瓶の中でくるくると回った。

 コルクの栓を押し込むと、瓶はほんのりと温かくなった。

「やったぁ!」

 ティルは私の頭の上でくるくると宙返りした。

「捕まえた! 今年の春一番だ!」

 瓶の中では、柔らかな風が楽しそうに揺れている。

 耳を澄ませると、どこかくすぐったそうな笑い声が聞こえた気がした。

 村へ戻ると、人々は拍手で迎えてくれた。

 春一番の瓶は広場に飾られ、少しずつ栓を開けて、畑や果樹園へ春の風を届けるのだという。

 その夜。

 私は窓辺に座り、星空を見上げていた。

 ティルはカップの縁に腰かけ、花の蜜をぺろぺろと舐めている。

「ねえ」

「ん?」

「春一番って、本当は悪い魔物じゃないんだね」

 ティルはにこりと笑った。

「うん。ちょっと元気が良すぎるだけ」

 それから、私の肩にちょこんと座った。

「でも、一人じゃ捕まえられなかった」

「私もだよ」

 妖精の声は、春の夜風みたいに優しかった。

「君がいたから、今年も春を迎えられた」

 ティルは照れたように羽を震わせた。

 窓の外では、どこかの木に最初の花が咲いたような気がした。

 長い冬の終わりを告げる、柔らかな風が頬を撫でていく。

 瓶の中で眠る春一番は、きっと夢を見ている。

 花の香りと、青い空と、そして――妖精と人間が並んで笑う、あたたかな春の夢を。

 

今回はファンタジー

今回は趣向を変えて、ファンタジーを書いてもらいました。

油断すると、自創作の「召喚士なのに前に居る」を書こうとするから困った。

ロウは主人公でも、メインキャラですらないんだってば。

何かとロウを主人公にしたがるんですよね、チャッピーは。

妖精と人間のバディで、「春一番」を捕まえる話を書いてと頼んで書いてもらいました。

けっこうおもしろい。

次は何を書いてもらおうかな。